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東京高等裁判所 昭和30年(う)3620号 判決

控訴人 被告人 石井長吉

弁護人 安部正一 他一名

検察官 吉岡述直

主文

原判決を破棄する。

被告人を懲役六月及び罰金五万円に処する。

右罰金を完納することができないときは金五百円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。

但し本裁判確定の日より三年間右懲役刑の執行を猶予する。

換価代金合計一万一千八百九十一円(千葉地方検察庁昭和二十九年領第九八七号の一七乃至二〇)はこれを没収する。

原審の訴訟費用は被告人の負担とする。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人安部正一及び同室山智保作成の各控訴趣意書のとおりであるから、これを引用し、これに対し当裁判所は、次のように判断する。

弁護人安部正一の論旨第一点について。

論旨は(1) 本件の酒類は被告人が貸金の担保として預つたところ、債務者が弁済期に弁済しなかつたので債務者の承諾を得てこれを売却し、その代金を貸金の弁済に充当したのであつて、利潤を目的としたものではないから酒類の販売業をしたものではないと主張する。しかし原判決挙示の証拠を綜合すると、本件は被告人が営利の目的を以て無免許で原判示の如く反覆継続して酒類を販売したことを認めることができるから、原判決が被告人の所為を無免許による酒類の販売業と認定したのは正当である。(2) 次に論旨は被告人は免許を受けないで酒類を販売することが法律に違反するとの認識がなかつたから、法定犯である酒税法違反としての犯意を欠き罪とならないと主張する。しかし法律を知らざるを以て罪を犯す意なしと為すことを得ざることは刑法第三十八条第三項の規定するところであるから、その行為が法律により禁止されていることを知らなかつたとしても犯意の成立を阻却するものでなく、そしてこのことは自然犯たると法定犯(行政犯)たるとを問わないものであるから、被告人が所論の如く免許を受けないで酒類を販売することが法律に反することを知らなかつたとしても、酒税法違反としての犯意の成立を阻却するものではない。従つて原判決には罪とならない事実を有罪とした違法はなく、論旨は理由がない。

弁護人安部正一の論旨第二点及び弁護人室山智保の論旨第一点について。

論旨は原判決は被告人及び佐藤美津の各所持していた酒類及びその容器を本件犯罪に係るものとして、その換価代金を酒税法第五十六条第二項により没収しているが、酒税法第五十六条第二項は、前項の犯罪(同項第三号に該当する場合を除く)に係る酒類………………器具又は容器は、何人の所有であるかを問わず没収すると規定しているのであり、本件は免許を受けないで酒類の販売業をしたことが同条第一項第二号の違反とされているのであつて、たとえ被告人が酒類販売の免許を受けないで酒類を所持して居り、これを販売する虞があつたとしても、いまだ販売しなければ犯罪とはならないのであるから、かかる酒類及びその容器を本件犯罪に係るものとして没収したのは法令の適用を誤つたものであると主張する。しかし本件犯罪は免許を受けないで酒類の販売業をしたことによつて成立する犯罪で、個々の販売行為がそれぞれ一個の犯罪となるのではなく、反覆継続の意思を以てなされた販売業が一個の犯罪となるのであるから、同条第二項において前項の犯罪に係るというのは、本件犯罪の場合は、個々の販売行為に係るというのではなく、反覆継続の意思を以てなされた販売業に係るということになるのである。ところで原判決の没収した換価代金のうち被告人及び佐藤美津の各所持していた酒類及びその容器に関する分については、右酒類等はいまだ被告人が販売したものではないが、記録によると、被告人が自ら所持していた酒類は本件の検挙及び差押がなかつたならば、被告人が無免許で引続き反覆継続して販売したであろうと推認され、佐藤美津が所持していた酒類については、被告人が娘初代名義の飲食店で佐藤美津をして販売させようとした酒類で、若し本件の差押がなかつたならば、同人をして反覆継続して販売させたであろうと推認される。即ち右酒類は被告人が免許を受けないで業として販売した多量の清酒と共に、引き続き業として販売せんとしたものであるから、本件無免許販売業に係るものと認めるのが相当である。従て右酒類及びその容器の換価代金を酒税法第五十六条第二項により没収した原判決には法令の適用に誤は存しないから論旨は理由がない。

(その他の判決理由は省略する。)

(裁判長判事 大塚今比古 判事 渡辺辰吉 判事 江碕太郎)

安部弁護人の控訴趣意

第二点換価代金を没収したのは誤りである。

(1)  被告人宅に担保品として預かつてあつた酒類を差押え、これを換価したのである担保として酒類を預かつてあつたのであつてその酒類は犯罪に係かるものではない。酒類の無免許製造は酒税法第五十四条第二項でその未遂を罰し且同法第五十六条第一項第五号で所謂酒類密造の目的で原料等を準備した者も処罰せられる。従つて密造の場合は広く処罰の対象がありその犯罪に係る物が多く没収される範囲が広い。この観念を以て無免許販売の場合に仮令販売する虞のある品物があつたとしても無免許で販売しなければ罪にならないのであつてその品物が犯罪に係かる物とは言えない。それで差押をなすことが違法であり、違法に押収した物件の換価代金を没収した原判決は誤りである。

室山弁護人の控訴趣意

第一点原判決には法令の適用に誤があつてその誤が判決に影響を及ぼすこと明かである。

原判決は主文第三項において「千葉地方検察庁預入に係る換価代金(合計一万一千八百九十一円)は没収する」とし法令の適用として「主文掲記の換価代金(合計一万一千八百九十一円)は収税官吏の押収に係る被告人、池田カネ及び佐藤美津の各所持していた酒類、器具のうち、宝酒造株式会社市川工場に公売したもので本件犯罪に係るものであるから洒税法第五十六条第二項により之を没収し」としているが酒税法第五十六条第二項によれば「前項の犯罪に係る酒類、酒母、もろみ、こうじ、原料、機械器具又は容器は何人の所有であるとを問わず没収する」とあり、如何なる範囲のものを限つて犯罪に係るものとするかについて明文がない。しかし没収とは刑法第九条によれば附加刑であるとされ刑罰の一種であること疑の余地がなく従つてその適用は最も厳格でなければならず、没収の範囲について拡張ないし類推は許されない。しかして本件没収にかかる押収物件は記録上明かなとおり(三五八、三六〇丁)二十九品目に及んでいるのであるが、このうち被告人の販売先である池田カネ方から押収された一升壜二本及び清酒二級四合は本件犯罪に係るものであること疑ないところでこれが没収は適法であると思量されるが、佐藤美津方から押収された一升壜六本、清酒二級十合、同一級四合、焼酎二十三合は本件犯罪とは全く無関係である。酒税法第五十六条第二項は「前項の犯罪に係る…………何人の所有であるとを問わず没収する」と規定するが、これは判決理由において行為の態様、日時、場所、数量等が特定された具体的な犯罪にかかる物件のみ現在の所有者の如何を問わず没収しうるとの趣旨であつて、全く判決理由中に指摘されない犯罪にかかる物件までも没収しうるとの規定ではない。故に右没収は当然違法である。更に爾余の物件はすべて被告人宅から押収されたものであるが、記録上明かなようにその大部分は白木商店及び井熊商店より貸金の担保として受領し、保管していた酒類及びその容器であつて全記録を精査するもこれを販売の目的に供しようとの明確な意思は認められず(被告人宅に店舗を設けて陳列してあつたのであればともかく庭先に雑然と積重ねてあつたものである)すでにその一部を処置に窮して販売した事実があつたからといつて直ちに残余のものについても同様の販売意思を推及することは到底許されない。販売に供せんとするか否かは具体的事案に即して個々的にこれを定むべきものである。故に原判決における没収は池田カネ方の分を除き違法であり、その法令違反は判決に影響を及ぼすこと明かであるから破棄を免れない。

(その他の控訴趣意は省略する。)

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